神戸地方裁判所 昭和41年(ヨ)164号 判決 1968年3月27日
債権者 河上操
債務者 富士交通株式会社
主文
債権者が債務者の従業員たる地位を仮に定める。
債務者は債権者に対し、昭和四二年一〇月二一日以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二八日限り、一か月金三八、二二〇円の割合による金員を仮に支払え。
債権者のその余の申請を却下する。
訴訟費用は債務者の負担とする。
(注、無保証)
事実
第一、当事者の求める裁判
一、債権者
「主文第一項、第四項と同旨及び債務者は債権者に対し、昭和四一年二月一九日以降毎月二八日限り一か月金三八、二二〇円の割合による金員を仮に支払え」との裁判。
二、債務者
「債権者の本件申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする」との裁判。
第二、申請の理由
一、債務者は従業員約六〇名を雇傭して、タクシー業を営む株式会社であり、債権者は昭和三六年一月末、債務者に雇傭され、以来タクシー運転の業務に従事していたところ、債務者は昭和四一年一月一一日、債権者に対し同年二月一八日をもつて解雇する旨の予告解雇の意思表示をなし、同年一月一二日以降は債権者の就労を拒み、同年二月一九日以降賃金の支払をしない。
債権者は昭和四一年一月当時、一か月の平均賃金として毎月二八日に金三八、二二〇円の支払をうけていた。
二、解雇の無効
(一)、不当労働行為
債務者の従業員約三六名は昭和三八年一〇月三〇日富士交通労働組合(以下組合という)を結成し、関西旅客自動車労働組合連合会(以下関旅という)に加盟したのであるが、債権者は右組合結成の原動力となり、組合結成後直ちにその執行委員長の地位に就き債務者に対し賃上げ、一時金給付の要求、その他の労働条件の改善を求め、更に職場の民主化のため尽力するなどして組合の中心的活動家として積極的な組合運動を続けていたものである。
ところが、債務者は組合を極度に嫌悪し、結成後間もなく組合の切崩しを図り、第三者を通じて個々の組合員に対し、組合から脱退するよう勧告し、これがため十数名の組合員が脱退するに至つた。そして債務者は組合脱退者を新車に配置し、従来、債務者が行つていた従業員に対する生活費の一時貸与について、組合結成後組合員に対しては何かと理由をつけて円滑に貸出しを行わないようになり、昭和四一年、同四二年の各年末手当についても組合員と非組合員とに差をつけて支給した。
更に、昭和三九年五月ごろ、それまで組合に使用を認めていた掲示板(その責任者は執行委員長の債権者である)をその掲示内容(別紙(一)記載のとおり)が不穏当であるということに藉口して、組合の同意も得ず一方的に引き抜き撤去してしまつた。その後、組合は掲示板を再び設置するよう債務者に要請したが、債務者は掲示板責任者を債権者以外の者に変更しないかぎり、その設置を許さないと主張し、これがため組合は教宣活動の重要な手段を奪われ、組合の十分な活動が阻害されるに至つた。
このように債務者は債権者らの組合を敵視し、その中核である債権者を終始監視しながら債務者の組織から排除しようとその機会を窺つていたものである。
従つて、本件解雇は不当労働行為に該当し、無効というべきである。
(二)、解雇権の濫用
仮に本件解雇が不当労働行為に該当しないとしても、債権者には何ら解雇に価するような事由がなく、債務者の解雇権行使はその正当な範囲を逸脱したもので解雇権の濫用というべく、従つて無効といわなければならない。
三、仮処分の必要性
右のとおり本件解雇は無効であるから、債権者は債務者に対し、従業員地位確認の本訴を提起すべく準備中であるが、債務者は本件解雇が有効であるとして、債権者が債務者の従業員である地位を認めず、賃金の支払をしないので賃金を唯一の収入とし、生活手段としている債権者は家族を擁し生活に困難を来たし、本案判決の確定を待つていては回復しがたい損害を生ずることは明白である。
そこで申請の趣旨のような裁判を求めるため本申請に及んだ。
第三、申請の理由に対する債務者の答弁と主張
一、答弁
(一)、申請の理由一の事実は認める。
(二)、申請の理由二の(一)のうち、債務者の従業員約三六名が、昭和三八年一〇月三〇日、富士交通労働組合を結成し、関旅に加盟したこと、債権者が組合結成当初から同組合の執行委員長であつたこと、組合掲示板に別紙(一)記載のとおりの掲示がなされたこと(ただし、右は組合の文書ではなく、債権者が独断で掲示した債権者個人のものである)は認めるが、その余の事実は否認する。
申請の理由二の(二)の事実は否認する。
(三)、申請の理由三のうち、仮処分の必要性の存する事実は否認する。
債権者は本件解雇後、他のタクシー会社の運転手として勤務し現在に至つているので、生活に困窮を来たしていない。
二、主張
(一)、本件解雇の有効性
1、債権者は債務者に雇傭されて以来解雇まで営業成績が悪く、且つ運転技術が未熟でタクシー運転手としての適格がない。すなわち、昭和三六年一月債務者が債権者を雇い入れてから昭和四〇年末まで債権者が起した交通事故は昭和三六年中七件、同三七年中九件、同三八年中七件、同三九年中四件、同四〇年中五件、計三二件を数え、その損害額は総額金六三六、二〇三円となる。特に昭和三九年二月七日には休車三日間、損害額金一〇四、五一〇円、昭和四〇年四月二五日には休車一日間、損害額金一四三、二九〇円の事故を起している。
昭和四二年五月、兵庫県警察本部交通部長が関係各事業主に宛てた文書(乙一〇号証の一、二)によれば、神戸市内のハイヤー、タクシーの十車輛あたり年間事故発生件数は三・一件である。タクシー会社では十車輛には運転手を平均二三人必要とするので、一人、年間〇・一三件の事故件数となるところ、債権者の五年間の年間平均事故件数は約六件なのであるから、平均運転手に比較し著るしく多くの事故を生ぜしめていることになる。このような多数且つ損害額多額の事故を生ぜしめる運転手は営利を目的とするタクシー会社にとつて不適格といわなければならない。債務者では過去において、悪質あるいは大事故を生ぜしめた運転手を解雇した事例があり、債権者の場合これだけでも解雇に価する。
2、更に債権者は昭和三九年四月二五日ごろ、債務者において組合の文書を掲示することを許可していた掲示板に、債務者を非難攻撃する悪意にみちた別紙(一)記載の内容の文書をほしいままに掲示し、そのほか債権者は張紙や落書を禁じている従業員ロツカーに落書し、或はビラを貼るなどして債務者の秩序を乱した。
3、債務者は会社設立当初から営業成績が悪く、その向上を願つていたが、昭和四〇年一二月、組合と同年末臨時給与(賞与)の支給日の決定について協議した際、債務者は組合に対し、賞与を含めて組合員の給与は関西旅客自動車労働組合連合会に加盟している組合と同一基準賃金なのであるから、タクシー料金の収入を他社並みにあげてもらいたい。ついてはその効をはかるため債務者会社の全運転手の個人別営業成績を毎月発表したい旨提案したところ、組合はこれを了承したので、同月二五日ごろ債務者の従業員休憩室に月間個人別営業成績表を掲示した。ところが債権者はその直後、右成績表にマジツクインクで、「社長とは仕事をせず月給をもらう人」と書きなぐり、債務者社長の名誉を毀損し、債務者の営業成績向上運動に水をさし、従業員の勤労意欲を破壊したのである。
以上債権者の行為は債務者の就業規則四四条、五〇条一号、七号、一九号に該当するものであるから、本件予告解雇は何ら不当労働行為に該当するものでなく、正当事由に基づくものである。
(二)、債権者の就労意思放棄による雇傭関係の終了
仮に本件解雇が無効であつても、債務者が債権者に対し前記解雇の意思表示をなした後、債権者は昭和四一年三月四日から同年四月一四日まで神戸公共職業安定所より失業保険金の支給をうけ、同月一五日から現在まで申請外恵タクシー株式会社に常用運転手として雇傭されているのであるが、債権者は右会社に雇傭される際、同会社の常用採用の証明をえて、前記安定所に対し就職支度金給付申請をなし、同年六月七日金四四、〇〇〇円(五〇日分)の就職支度金を受領している。
このように債権者は失業保険金の支給をうけ、更に申請外恵タクシー株式会社に常用として雇傭された以上、債務者に対する就労意思を放棄したものであつて、右により債権者と債務者間の雇傭関係は終了した。
従つて本件仮処分申請は却下せらるべきものである。
第四、債務者の主張に対する債権者の反論
一、債務者の主張(一)の1のうち昭和三六年から同四〇年までの五年間に債務者主張のとおりの件数の交通事故が起きたことは認めるが、その余の事実は否認する。
右事故は全てが債権者の過失によるものではなく、タクシー運転手としてはこの程度の事故件数は決して珍らしくはない。債権者の事故件数が多少多いとしても、それはいたずらにタクシー料金の水揚げの増大を要求する債務者の営業政策に起因するものである。運転手が事故を起しても債務者はその都度賃金をカツトして損害を填補している。
二、債務者の主張(一)の2のうち、債権者が別紙(一)記載の内容の文書を掲示板に掲示したこと、従業員用ロツカーにマジツクインクで文字を書いたことは認めるが、その余の事実は否認する。
別紙(一)記載の内容の文書は、債務者の営業政策と社風とに対する節度ある批判であり、タクシー労働者の生活感情をユーモラスに記述したものに過ぎず、決して不穏当なものではない。
三、債務者主張(一)の3のうち、債務者が運転手休憩室に全運転手の個人別営業成績表を掲示したこと、債権者が右掲示直後その表にマジツクインクで「社長とは仕事をせず月給をもらう人」と落書したことは認めるがその余の事実は否認する。
毎月の個人別営業成績の掲示は従業員間に、従らに競争心をかきたて、嵩ずれば労働者同志敵対心まで生じさせ団結の基盤である仲間意識や連帯感を阻害せしめる結果となるものであるから組合としてはもともと反対の態度をとつていたのであるが、それにもかかわらず債務者は組合の同意を得ることなく、いきなり休憩室に成績表を掲示したのである。そこで執行委員長として債権者は右債務者の行為に抗議するため債務者主張のような落書をしたのであつて、非難せらるべきものはむしろ債務者であるといわなければならない。
四、債務者主張(二)のうち、債権者が失業保険金、就職支度金を受領したこと、申請外恵タクシー株式会社に雇傭されていたこと(たゞし、昭和四二年一〇月二〇日で右タクシー会社への勤務は打切つている)は認めるが、その余の事実は否認する。
第五、証拠関係(疎明)<省略>
理由
第一、当事者間に争いのない事実
債務者が従業員約六〇名を雇傭し、タクシー業(一般乗用旅客自動車運送事業)を営む株式会社で、債権者は昭和三六年一月末債務者に雇傭され、爾来タクシー運転業務に従事し、同四一年一月当時の一か月の平均賃金として毎月二八日金三八、二二〇円の支払いをうけていたこと、債務者は同月一一日債権者に対し同年二月一八日をもつて解雇する旨の予告解雇の意思表示をなし、同年一月一二日以降債権者の就労を拒み、同年二月一九日以降賃金の支払いをしないこと、同三八年一〇月三〇日、債務者の従業員約三六名が富士交通労働組合を結成し、上部団体である関旅に加盟したこと、組合結成以来債権者が執行委員長の地位にあつたこと、債権者が同三九年四月二五日ごろ組合掲示板に別紙(一)記載の内容の文書を掲示したこと、従業員用ロツカーにマジツクインクで文字を記入したこと、同四〇年一二月二五日ごろ債務者が全運転手の個人別営業成績表を休憩室に貼り出したが、その直後債権者が右成績表に「社長とは仕事をせず月給をもらう人」と落書したこと、本件解雇後、債権者が神戸公共職業安定所から失業保険金及び就職支度金を受領し、申請外恵タクシーに運転手として勤務したことはいずれも当事者間に争いのないところである。
第二、不当労働行為の主張について
挿入、加筆部分の成立について争いなく、その余の部分についても債権者本人尋問の結果により成立を認め得る甲一号証、証人坂元広の証言(第一回)により成立を認め得る乙四号証、六号証、七号証の一、二、成立に争いのない乙五号証、乙七号証の三、証人加藤正三郎、同井上十一、同藤木勇治の各証言及び証人玉田長次郎、同坂元広(第一回)の各証言の一部を綜合すれば、つぎの各事実を認定することができる。
一、富士交通労働組合の結成とそれに対する債務者の態度
債務者は昭和三五年一一月二一日設立せられ、債権者は翌三六年一月末債務者に雇傭されタクシー運転の業務に従事していたものであるが、同三八年一〇月ごろ、タクシー料金が二五%ないし三〇%弱値上げとなり、それに伴つてタクシー業経営者は運転手の賃金のうち歩合の占める割合が大きいため、必然的に賃金体系の改定を企図するに至り、債務者においてもそのころ、従来運転手一人当り、一月間一〇四、〇〇〇円の料金収入額(以下水揚高という)に対し、三六、〇〇〇円の割合の賃金を支給していたのを、一〇二、〇〇〇円の水揚高に対し、二九、一九四円の割合の賃金を支給する賃金基準を決定し、その旨従業員に示し、右賃金基準を不満として債務者を退職したいという者がいても敢えてこれを慰留しないとの意向を表明したため、従業員間にはタクシー運賃が値上げになれば当初はタクシー乗客が減少し、右改定賃金基準では事実上賃金引下げにほかならないし、それに不満がある者は出て行けという債務者の態度は不遜であるという声が起り、これをきつかけに労働組合結成の機運が生じ、加藤正三郎らが発起人となつて同年一〇月三〇日債務者全従業員中約三六名が参加して組合結成大会が催され、全員無記名投票の結果、執行委員長に債権者、副執行委員長に加藤正三郎、書記長に加納某が選出せられ、上部団体である関旅に加盟する旨の決議をなして、直ちに債権者らが右加盟の手続をすませその旨債務者へ届出書を提出したところ、債務者の営業課長であつた坂元広(のちに営業部長となる)が、右届出書を、債権者らの面前で破り棄ててしまつたこと。更に組合結成後旬日を経ないで組合員四名が脱退したため、債権者がそのうちの一名に脱退の理由を糺したところ、債務者の専務取締役である玉田長次郎から組合なぞつくらずにしつかりやつてくれといわれたから組合を脱退したのだという返答を受けたこと、前記加藤正三郎(副執行委員長)も債務者に雇傭される際就職について尽力を受けた三和タクシー会社取締役二杉某から組合をやめるよう説得されたが、右二杉はそのころ組合のことで前記玉田長次郎と会談していた事実のあること、前掲坂元広が組合員個個に対して組合を脱退するよう呼びかけている噂があつたこと、従来債務者が従業員に対して生活費等に一時貸与していた金員について、組合結成後組合員に対しては貸出しをしぶる傾向がみえはじめたことなどが認められ、右各事実及び以下認定事実を綜合すれば債務者は債権者らの組合の切崩しを企図していた経緯を推認するに難くない。
二、掲示板撤去に至る事情及びその後の債務者の態度
債権者は前記のように昭和三八年一〇月三〇日組合が結成せられその執行委員長に選任せられた後、組合員に対する教育宣伝のための文書その他を掲示する組合掲示板の設置方を強力に債務者に要求し、数回に亘る交渉の結果、同年一一月中旬ごろ、債権者を掲示板責任者として、右掲示板の設置が認められ、債権者は組合員に対し教宣活動を行つていたが、債務者がタクシー料金値上げに藉口して運転手の実質賃金の切下げをもたらす改定賃金基準を強硬に押し通そうとしたこと、並びに組合切崩しの傾向あることなどに抗議するため、債権者は副執行委員長及び書記長と協議のうえ前記のように昭和三九年四月二五日ごろ別紙(一)記載の内容の文書を組合掲示板に掲示した。これに対し、債務者は右文書の内容が不穏当であるから内容を訂正するか、右文書を取除くよう組合に要求したが、組合がこれに応じなかつたので、債務者は更に同月二八日別紙(二)記載の掲示板撤去命令と題する文書を組合掲示板へしかも組合の掲示文書の上に重ねて貼り出したが、組合がこれを拒否したため、債務者は数日後実力をもつて右掲示板全部を引き抜き撤去してしまつた。そこで債権者は掲示板は組合の教宣活動に欠くべからざるものであるから、債務者に対し、再びその設置方を求めたが、債務者は掲示板責任者を債権者以外の者に変更するよう要求し、組合があくまで債権者を責任者とするならば、掲示板設置を許可しないとのかたくなな態度をとり、債権者及び組合の活動を制限した。
三、債務者の債権者に対する監視
右のように債務者が掲示板を撤去してしまつたため、債権者はやむをえず、休憩室にある従業員用ロツカーの扉等にマジツクインクで組合員に対する連絡事項を記入していたのであるが、前記玉田専務取締役は坂元広に命じて、右文字の書入れその他ベトナム戦争に関する新聞記事の切抜き、原子力潜水艦入港反対のビラ等が債権者のロツカーに貼付されている(これは誰が貼付したか明らかでない)のを、債権者を解雇するための証拠とすべく秘かに写真に撮影させておくなどして、債権者の日常の行動を監視していた。
以上各事実を認め得べく、証人玉田長次郎、同坂元広(第一回)の各証言中、右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足る疎明資料はない。
叙上判示の事実よりすると、債務者は組合の存在及びその執行委員長をつとめる債権者を嫌悪していたものと謂わざるを得ない。
第三、本件解雇理由について
債務者は債権者に債務者就業規則四四条、五〇条一号、七号、一九号に該当する事実があり、右は懲戒事由にも該当するのであるから解雇の理由として十分であると主張するので以下順次判断する。
成立に争いのない乙第一号証によると、債務者就業規則には別紙(三)記載のとおりの規定があることが認められる。
一、先ず、債務者は債権者は自動車運転技術が未熟で且つ運転に際し最善の注意を払わぬため、債務者に雇傭されて以来多数の交通事故(五年間に三二件。この件数については当事者間に争いない)を起し、総額金六三六、二〇三円の損害を債務者に与えたが、これは右就業規則四四条に違反し、同規則五〇条一号、五一条の懲戒事由に該当するというが、摘要欄、損害欄の記載部分を除きその余の部分の成立について争いなく摘要欄、損害欄の記載部分についても証人坂元広の証言(第一回)によつて成立を認め得る乙三号証の一、二、九ないし一三、一五ないし一七、一九、二〇、二四、二五、二八ないし三〇、三二、摘要欄の記載部分を除きその余の部分の成立について争いなく摘要欄の記載部分についても同証言によつて成立を認め得る同号証の四、六、七、一四、二七、三一、損害欄の記載部分を除きその余の部分の成立について争いなく損害欄の記載部分についても同証言によつて成立を認め得る同号証の五、八、二二、二三、二六、摘要欄、見積欄、請求欄の記載部分を除きその余の部分の成立について争いなく摘要欄、見積欄、請求欄の記載部分についても同証言によつて成立を認め得る同号証の三三、同証言及び債権者本人尋問の結果によれば、右事故のうち、明らかに債権者に過失があるものは昭和三六年二月二四日、同年三月一二日、同年八月二〇日、同年九月二九日、同三七年三月七日、同月九日、同月三〇日、同年四月一一日、同月二四日、同年七月一五日、同三八年六月五日、同年七月二日、同年八月二九日、同年一一月二一日、同三九年二月七日、同四〇年四月二五日に発生した事故合計一六回(うち傷害をもたらしたもの三回、そのうち二回は極く軽微なものにすぎない)であり、その他は債権者に過失がないか或は過失の存否について不明のものであることが認められる。
債務者は乙一〇証の一、二を援用して債権者の交通事故回数が平均に比して著しく多いと主張するが、同書面は兵庫県警察本部交通部調査に基く兵庫県下一四五社に及ぶタクシー、ハイヤー業者の昭和四一年中一ケ年間に惹起した交通事故のうち、死傷の結果をもたらしたものだけを計数算出し事故発生状況を表示したものなること、その記載自体に徴し明白であり、債務者の全疎明をもつてするも、債権者が昭和四一年中に交通事故を起した事実を認定することはできない。従つて比較の対象が異り乙一〇号証の一、二は債務者の右主張事実認定の資料となし得ないものと謂わなければならない。一方、証人加藤正三郎、同井上十一の各証言によれば、タクシー運転手としては債権者程度の事故回数は通常或はやや多い程度であることが認められるから、債権者をただ単に事故件数をもつてだけ懲戒に付するのは明らかに不当である。もつとも、債権者の場合、前記乙三号証の一五、二五、三〇及び証人坂元広の証言(第一回)によつて成立を認められる乙三号証の三四によれば、債権者の事故のうち一回の事故の物的損害額(自車及び相手車の双方の損害の合計額)が一〇万円を超えるものが三回あること、しかも右事故がいずれも債権者の重大な過失によるものであることが認められるから、右の事由によつて、債権者は懲戒処分を受けても無理からぬものと考えられなくはないが、しかし、債務者はそれらの事故に関する債権者の処遇について、その時々において既に処置を講じているのであるから、数年或は数か月後になつて、それを取り上げ解雇の事由となすことは相当ではないといわなければならない。
二、つぎに債務者は、債権者が債務者を非難攻撃する悪意にみちた別紙(一)記載の内容の文書を組合掲示板にほしいままに掲示し、その他落書、張紙を禁じている従業員用ロツカーに落書し、或はビラを貼るなどして債務者の秩序を乱した行為は、懲戒事由である就業規則五〇条七号に該当するという。
前記認定のとおり、債権者が副執行委員長、書記長と協議のうえ、別紙(一)記載の内容の文書を組合掲示板へ掲示したのは、債務者がタクシー料金値上げに藉口して実質賃金の切下げをもたらす改定賃金基準を強硬に押しとおそうとしたこと並びに組合切崩しの傾向あることなどに抗議するためになしたものであつて、その内容も故意に事実を枉げて債務者を非難攻撃するものではなく(証人加藤正三郎の証言によれば、債務者は昭和三五年一一月下旬頃設立せられ、営業の開始時期が、たまたま年末年始に重なつたため、債務者は運転手に対し、水揚げのよいこの時期に十分に成績を挙げるよう督励したこともあつて、運転手で正月を休まずに勤務した者が多かつたことが認められる。また、平社員の自家用車通勤云々は事故係の者が夜間の事故発生の場合に備えるということで債務者の自家用車を自宅へ乗り帰り、出退勤に利用していたのを単に誤解したに過ぎない)、この程度の内容の文書を掲示したからといつて組合活動の正当な範囲を逸脱するものということはできず、債務者の秩序を乱すものということはできない。従つて、懲戒事由或は、解雇理由とはなしえない。
また、ロツカーへの文字の記載は前記認定のとおり、債務者が組合の同意もえず、強引に組合用掲示板を引き抜き撤去したため、組合は教宣活動の重要な手段を奪われ、組合の教宣担当をも兼ねる執行委員長たる債権者はやむをえずマジツクインクで組合員に対する連絡事項をロツカーの扉等に記載したものであり、右インクは簡単に消し去ることも可能なのであるから、これをもつて特に債務者の秩序を乱したということはできない。更にロツカーへの新聞の切抜、ビラ等の貼付は誰がなしたか明らかではないが、仮に債権者がこれらを貼付したものとしても、証人加藤正三郎の証言でも認められるとおり、従来、債務者の従業員でロツカーにモデル写真等を貼つていたものもいたが、債務者としてもそれを問題にしたこともなく、ましてベトナム戦争或は米国の原子力潜水艦の日本寄港は日本全国民の関心事なのであるから、それに対する意思表示としての新聞の切抜き、ビラ等の貼付が組合活動の直接の範囲内に属しないとしても、特に債務者の秩序を乱したものどは到底考えることはできない。従つて右も懲戒事由に該当せず、解雇理由ともなしえない。
三、更に、債務者は債権者が昭和四〇年一二月二五日ごろ運転手休憩室に掲示してあつた債務者の全運転手の個人別営業成績表に「社長とは仕事をせず月給をもらう人」と書きなぐり、債務者の社長の名誉を毀損し、債務者の秩序を乱した。右は就業規則五〇条七号に該当するという。
証人藤木勇治、同加藤正三郎の各証言及び証人坂元広(第一回)、同玉田長次郎の各証言の一部並びに債権者本人尋問の結果を綜合考察すれば債務者は営業開始当時、毎日、運転手の水揚高表を掲示していたが、運転手で反対する者が多かつたため、右掲示は一か月間位でとりやめ、その後は半年に一回賞与の支給に際して、その算定の基礎を示すため各運転手の営業成績表を発表していたが、債務者の営業成績が同規模の他タクシー会社に比較して不振であつたので、昭和四〇年一二月各運転手を奮起させるべく、その月の個人別営業成績表を運転手休憩室に貼り出したが、組合としては成績表の掲示は運転手に序列をつけることでもあり、運転手のプライドを傷つけ、また不当な労働強化につながるものだとして、もともと反対していたところ、前記認定のとおり、債務者が組合の切崩しを図り組合活動の制限を企て或はタクシー料金の値上げに藉口して賃金の実質切下げを図る賃金基準を押しつけるような態度に出たこともあつて、組合の同意も得ることなく、全運転手をいたずらに競争に駆りたてるとしか思われない成績表の掲示をあえてした社長に抗議するために、債権者は右成績表にマジツクインクで落書したものなることを認定し得べく証人坂元広(第一回)同玉田長次郎の各証言中右認定に反する部分は措信し難く他に右認定を覆すに足る疎明はない。
右のような成績表の掲示の当不当について考えてみると、一般に物品等の販売を目的とする商人が、営業成績の向上を計るため販売担当員(いわゆるセールスマン)の日々或は月々の販売高をグラフにして公然と掲示する方策を採用していることは我々が日常経験するところである。これは売上げの多少はセールスマンの能力の優劣を表徴するものとし、セールスマン同士の競争心を刺戟し、励みを持たせ、もつて売上げを促進するものであるから、物品販売を業とする会社によつては最良の方策であることは疑いなく、多少の競争の行きすぎがあつても敢えて右方策を非難するには当らない。
しかし、ことタクシー会社において、この方策を無条件に採用するならば、もともと、危険を伴う職種であるタクシー運転に交通事故が急増している昨今の交通事情を合わせ考えると、成績表を公然と掲示していたずらに運転手の競争心を煽れば、乗客を安全に運送することを最大の義務とすべきタクシーなのに、運転手は安全運転を怠り、短時間内でより多くの乗客を運ぶべく制限速度、交通信号等を無視し、ひたすら水揚げの増大を図ることだけに意を注ぐ結果となり、少なからぬ弊害をもたらす虞れあるものといわざるを得ない。
右のような弊害をもたらし、労働強化、労働条件の悪化につながる成績表の掲示に、もともと反対していた組合の意向を何ら酌むことなく、しかも前段認定のように債務者会社の営業開始当時におこなつていた成績表の掲示は運転手の反対にあつて短期間で取り止めるに至つた事実があるに拘らず、敢えて、個人別営業成績表を掲示するような挙に出た債務者の態度こそ非難せらるべきものであり、これに対する抗議の方法は他に残されていたことは否むべくもないが、右のような事情のもとにおいては、債権者が成績表に前記のような落書をしたからといつて、懲戒の事由には該当するとしても、進んで解雇の理由とすることは相当でないと解すべきである。
第四、不当労働行為の主張に対する判断
右判示のように、予てより債務者は債権者を執行委員長とする組合を嫌悪し、機会があれば債務者の組織から債権者を排除しようとしていた反面、債務者の主張する債権者の解雇事由がいずれも理由なきことを彼此綜合して考察すれば、本件解雇は債権者が所謂組合活動をなしたことを決定的動機としてなされたものと認めるのが相当であるから、本件解雇は不当労働行為として無効と謂わざるを得ない。
第五、債権者の就労意思放棄による雇傭関係の終了の成否について
債務者は、債権者は本件解雇後、神戸公共職業安定所から失業保険金を受給し、更にその後、同安定所から就職支度金を受領して申請外恵タクシー株式会社に運転手として正式に雇用され現在に至つているのであるから、仮に本件解雇が無効であるとしても、債権者はすでに債務者会社に就労する意思を放棄し、債権者と債務者との雇傭契約を破棄してしまつたのであるから、当然雇傭関係は終了し、従つて、被保全権利は存在しないと主張するのでこの点につき判断する。
いずれも成立に争いのない甲二号証の三、乙一二号証の二、乙一三号証、債権者本人尋問の結果により成立を認め得る甲二号証の一及び同本人尋問の結果によれば、債権者は本件解雇後、収入の道を閉ざされたため、神戸公共職業安定所に対し、本件仮処分申請事件において勝訴すれば直ちに返済する旨の誓約書を差入れて、昭和四一年三月四日から同年四月一四日まで規定どおりの額の失業保険金を受給したこと、同年四月一五日から申請外恵タクシー株式会社に運転手として雇傭され昭和四二年一〇月二〇日まで勤務し、その間一か月平均約四〇、〇〇〇円の賃金を得ていたこと、同四一年六月七日就職支度金として金四四、〇〇〇円(五〇日分)を同安定所から支給されていることが認められる。もつとも、右就職支度金支給申請書の雇傭形態欄の記載内容に徴すれば、債権者の申請外恵タクシー株式会社への雇傭は常用である旨の記載があるから、特段の事情がなければ、同タクシーに正式に雇傭されたものと認めることができるが、債権者の場合、先に失業保険金の支給をうけるとき、本件仮処分申請事件で勝訴した場合には右受給保険金を返済する旨の誓約書を安定所に差入れており、更に就職支度金支給申請の際本件仮処分申請事件は終結までになお相当の日時を要すると思われ、その間安定した収入の道を講ずることは後記認定のとおり賃金だけによつて生計を維持する債権者にとつて必要なことでもあつたのであるから、債権者の申請外恵タクシーへの雇傭は通常の意味での臨時ではなく、常用に近いものと解されるので、職業安定所における雇傭形態の分類上、常用と記載するのは無理からぬところであり、右のような事情のもとで「常用」と分類記載されても、債権者が申請外恵タクシー株式会社に正式に雇傭され、従つて債務者に対する就労意思を放棄したものと解することはできない。
従つて就労意思を放棄したため、債権者、債務者間の雇傭関係は終了した旨の債務者の主張は理由がないものと謂わなければならない。
よつて、債務者が債権者に対しなした本件解雇の意思表示は無効と謂うべく債権者はなお債務者の従業員たる地位を保有し居るものと謂うべきである。
第六、仮処分の必要性について
債務者会社は昭和四一年二月一九日以降債権者を従業員として取扱わず、同日以降の賃金を支払つていないことは前叙のとおりである。而して、前記認定のとおり債権者は昭和四一年三月四日から同年四月一四日まで規定どおりの額の失業保険金の支給を受け、同月一五日から同四二年一〇月二〇日まで申請外恵タクシー株式会社に運転手として勤務し、毎月約四〇、〇〇〇円の賃金を得ていたのであり、右恵タクシーへ雇傭される際に神戸公共職業安定所から就職支度金として金四四、〇〇〇円を受領しているので、昭和四一年二月一九日から同年三月三日まで収入のない時期があつたとしても右はごく短期間であり、この間の生活上の困難は現在では問題にする必要もなく、また同年四月一四日まで前掲失業保険金を受領し更にそれ以後同四二年一〇月二〇日までは申請外恵タクシー株式会社に勤務し、生活にさしたる困窮を来たさない程度の収入を得ていたのであるから、その間の賃金仮払請求は必要性がないものといわなければならない。
しかし、債権者本人尋問の結果によれば昭和四二年一〇月二一日以降は、債権者は全く収入がなく、妻と共に生活に困窮している事実を認定することができる。前記のとおり本件解雇は無効であつて、債権者は依然として債務者会社の従業員たる地位を保有し居るにかかわらず、債務者からこれを否定されることは債権者にとつて著しい損害であるということができるから、債権者の仮の地位を求める部分及び昭和四二年一〇月二一日以降の賃金の仮払いを求める部分についてはいずれもその必要性の疎明があつたものと謂うべきである。
第七、結論
よつて、債権者の本件仮処分申請中、債権者の仮の地位を求める部分及び昭和四二年一〇月二一日以降毎月二八日限り一か月金三八、二二〇円(債権者が本件解雇当時一か月金三八、二二〇円の平均賃金を毎月二八日に受給していたことは当事者間に争いない)の割合による賃金の仮払いを求める部分は理由があるから保証を立てさせないでこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条但書を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 関護 宮地英雄 榎本恭博)
(別紙)
(一)
!!昭和36年12月20日会社創立。
諸兄よ!!当初8台の車で出発した富士交通も現在21台随分車も殖え会社も儲けた事だろう。或る人曰く「でなければ平社員が車で通勤しているからな」。発足当時公休出勤もし、連勤もし、あまつさえ正月の公休すら当惑顔の家族を振切つて出勤したものだ。が会社の家族主義のモツトーのメツキも去年の十月五日で禿げた。創立以来のモツト、九月まで月間水揚一〇四、〇〇〇円で総額三六、〇〇〇円貰つていたのを十月から一〇二、〇〇〇円で二九、一九四円と2割歩合を引下げて。会社に協力できぬ者は会社から出て行けと全く恐れいつた。
一人で会社が大きくなつたみたい。
さあ!!今日も一リツター十六円のガスを燃いて、
お母の為めなら
エンヤコラと・・・・・・
(二)
掲示板撤去命令
このたび係る悪意的な会社の体面信用を傷つける如き掲示場の使用は認められないので直ちに掲示板を撤去されたい。
社長
なお組合において撤去しない場合は会社において撤去する、為念。
昭和三九年四月二八日
富士交通労働組合 殿
(三)
就業規則
第四四条 従業員は安全に関する規則を守り常に職場において最善の注意を払い災害防止に努めなければならない。
第五十条 従業員にして左の所為のあつたときは懲戒処分に付す
一号 本規則に違反したとき
七号 職務上の指示命令に不当に従はず会社の秩序を紊したとき
一九号 その他これら各項に類する行為があつたとき